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悲運の名将、宮地克美さん逝く1987年の第1回W杯で日本代表を指揮し、社会人の旧・三洋電機(現・パナソニック)で監督を務め「ミスター三洋」と呼ばれた宮地さんが亡くなりました。宮地さんで思い出すのは、やはり1991年の神戸製鋼との決勝戦です。ラストワンプレーでウィリアムス選手が同点トライ。細川選手のゴールも決まり、まさかの大逆転負け。トライ後の宮地監督の絵に描いたような茫然自失の表情は今でも忘れられません。そして2008年、三洋電機が創部48年目で悲願の初優勝を果たしましたが、試合会場に訪れていた宮地さんの胴上げシーンに胸が熱くなったことも今でも覚えています。今でこそパナソニックは国内外のスター選手を揃えていますが、当時は拠点が群馬ということもあり、大学のスター選手もそれほどおらず、無名または途中で負傷等で挫折した選手を鍛えて、スター揃いの強豪チームに勇敢に立ち向かっていきました。その姿こそ正に「野武士軍団」そのものでした。プレースタイルも愚直なまでにFWDが前に行き、大外でWTBが待ち受けるだけの、不器用で武骨なものでしたが、個人的にはそれが好きでした。日本ラグビーの礎を築いてくれた宮
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